おかげ様で東京モノローグまる25年・・・月2回ペースをキープし、年間24話×25年で予定通りの600話到達となった。
これまで100話の節目節目では、第100話~第102話が「東京百景」、第200話は「10~20大ニュース」の回と重なったため、第201話で最初の100話単位ふりかえり、第300話、第301話は「続 東京百景」、第400話でウィキペディア開設、第500話は「続々 東京百景」と記念回に合わせたもの、特集的なものを載せてきたが、今回は...
第570話では、次回の「べからず集」は第600話でなどとしていたので、素直にその予告通りにと思う。で「べからず集」の方もpart〇〇の順で行くと30回目の節目に当たる。
ということで今回は、過去掲載分のふりかえりを兼ねたまとめ回。昨今の社会的情勢を踏まえ、生活様式、行動様式としてこうありたいというのをベースに、大きく五つのカテゴリに分けてまとめてみようと思う。
離れる・空ける
ソーシャルディスタンスだ何だと喚呼される前から、人と人の間には一定の間隔が必要とか、スペースにゆとりがある場合はできるだけ分散するのがベターといった話を綴ってきた。
- 第540話 同調性に関する「べからず」五選 ・・・ 座席同調
社会的情勢の変化で、店、施設など、サービスを提供する側の工夫で、一定の間隔が確保されるケースが増えてきたのはありがたい限り。前からそうしてほしかったというのはあるが、ともかくこれが基調となってくれればいい話である。
ただし、列車の指定席については相変わらずな観がある。その相変わらずの代表格は新幹線に途中駅から乗る際のこと。二人並びの席に先客がいて、他の列の二人席、三人席がガラガラということがままある。(筆者が先に座っていて、同じ駅、または途中駅から隣に客が来る場合もまた然り。) のぞみ上りで名古屋から乗車の場合はこれ以上乗ってくることはまずないので、余計に不自然。こういう時はディスタンス優先で、自由席の空席ゾーンか、指定席のガラガラ席に移るようにしている。隣客各位がシートマップでわざわざ密になるような指定をするとも考え難いから、おそらくはシステム的な何かによるものだろう。AI等でうまく分散させてほしいものだと強く思う。
ツアーでは座席間隔を開けるタイプが増え、1人2席利用などのオプションもよく見るようになった。旅行商品を選ぶ際の基準として、今後はそれらがより有力になっていくのではないかと思っている。
自助努力でディスタンスを保つ場面としては、指定席ではない列車での席、レジ待ち(目印不明時)、エレベーター、エスカレーターなど、長短様々だが一定の時間、人と人の間が近づくケースが挙げられる。いずれも間隔を空けようと思えば空けることができる訳だが、間隔を保てない人は少なからずいるもので、筆者はその辺を自発的に調整するようにしている。
エスカレーターに関しては前後の間隔もさることながら、上り下りが並行している場合で、向かって左が下り、右が上りというエスカレーターでは、行き違う人との距離をできるだけ空ける観点から、下りも上りもその方向の右側に立つようにしている。向かって左に立つという流儀に従えば反することになるが、そこはディスタンス優位。向かって左が上り、右が下りというエスカレーターでは、もちろん左側に立つようにしている。
列車の席に関しては、先の北海道旅行(→#598)からの帰り、成田空港から乗った京成上野行きアクセス特急での件が好例だろう。
金曜だったが、22:04発と遅め。混雑する要素はまずない。悠々と座っていた訳だが、次の空港第2ビルから寄せるように乗ってくる一団がいたものだから、ガラガラの車両に移動。最初に乗っていた車両は「類は友を呼ぶ」現象か、ところどころが密な感じになっていた。遠くからその混み合ったエリアを見ると実に滑稽。平日最終日の夜、皆さんおつかれだったのだろう。
抑える・控える
「黙って〇〇」系の呼びかけも増えた。抑える、控えるに通じる件で、自らの行動パターンを見直す上でも意義があると見ている。
程よく抑制する、またはいい意味で我慢することを実体験するという点で、近年の情勢はいい機会だと思うのだが、そう思わない層もいるので何かと物議に。
スーパーなどではできるだけ少ない人数でとの案内があっても、子連れで大挙というのをよく見かけるし、飲食店などで「黙食」推奨の掲示があっても、ワイワイガヤガヤ(+マスクレス)のお客がちょくちょくというのが現実。人の言うことは・・・の逆をやっていては、教育面でもよろしくないのではと思ってしまう。
抑えが問われるという点では、ファストフード店での大量購入も考え物。並ぶことなく円滑にが「ファスト」の趣旨だとすれば、それを損ねてしまうのがヘビーな注文だろう。店によっては受付、提供をしっかり分け、品出しが多くても注文をとる段階まではスムーズにしているが、受付が提供を兼ねる(またはスペース的に兼ねざるを得ない)場合は、先の客が大量オーダーなどすると確実に待たされることに。これだとファストも何もないので、自分で測って1分経って「お待たせしました」といった声がかからない時は退店するようにしている。いろいろな意味で「その大量購入、必要?」と思ってしまうのだった。
ほかに抑えるべきものとしては、エレベーターの1階分利用(1階→2階など)だったり、施設によって対応にバラつきがあるエアータオルだったり。こちらは電力消費に関わる話なので、抑制するに越したことはないと思う。
不要不急の照明のオフ(または明るさダウン)、展示用の家電等の稼働台数減は、歓迎すべき動向だろう。
いまだに悩ましいのは、店、施設での空調。その温度・風量についてはより積極的に見直しを進めてほしいものである。
負荷・圧をかけない
本人は特段意識していなくても、他人に対して何らかの負荷、負担になっているものというのがある。人によりけりだと思うが、筆者にとっては、匂い、音、煙がその三大要素。これらは前々から変わっておらず、言うなれば定番である。
煙の代表格はもちろんタバコ。「べからず集」を始めた頃からそれなりの年数が経ち、今となっては「完全禁煙」の店などが増え、かつてほど気にしなくても済むようにはなったが、人通りの多い場所に喫煙スペースがあったり、路上喫煙禁止のエリア等でスパスパやっているのに遭遇したりというのは今もなおである。場所を弁えている場合はともかく、所かまわずというのはやはり困り物。「抑」と「控」の観点からもどうかとは思う。
匂いに関してはタバコとセットの場合があって、そもそも当人がタバコ臭いというケースのほか、その臭気を消すために「香害」の元となる洗剤、柔軟剤を使って二次的な害をもたらすというのがある。
飲食店において時々香害に遭うことがあり、その発生源がスタッフだったという例もある。あまりに激しい場合は、その本部に一報を入れるようにしているが、そもそも何で?という話。スタッフ相互で注意すれば済むものと思うのだが…
音に関しては、第450話「耳障り七選」などに記した通り。
負荷というか、圧については「あおり〇〇」が当てはまる。幸い「運転」におけるそれは受けたことはないが、やたら車間を詰めてくるクルマに追われる構図になることは少なくなく、筆者としては十分あおられている感覚に。先を譲れる時はさっさと譲り、そうでない時はコンビニ等の駐車場に入ってやり過ごすようにしている。
当人にその気はなくとも、あおる形になる行為というのは数知れず。いわゆるせっかちさんの行動パターンがその根本にあるのだとは思う。
無理・無茶をしない
せっかちさんに通じるものが多いが、「なぜそこまでして?」と思う行為に及ぶ面々もまた少なくない。
駆け込み、ダッシュ、突破といくつか類型があるが、最も危なっかしいのは赤信号になったのが明確な状態で加速、走り抜けていく無謀なクルマ(運転者)だろう。黄から赤に変わった後くらいならまだわかる。問題は赤になって何秒か経っているのにも拘らず突っ走って行くのがどうしてこうも多いのかということ。ドライブレコーダーを搭載しているのであれば、その強行の記録も残る。事故につながる可能性のある無理や無茶は重々慎んでほしいものだと思う。
抑える・控えるの件と無理・無茶をしない云々は通底している観はあるが、その影響の度合いに違いがあるように思う。(抑える・控えるに対応する動き等は止めれば済む。対して、無理・無茶の類はすでに何らかの動きがあったところの延長だったり、抑止が利かなかったりという点においてより強力と考える。) 事故につながるリスクが高いのが後者と言っていいだろう。
行動心理に基づいたアプローチが必要だろうとの話も今となっては陳腐か。無理・無茶系を見かけ、嫌な予感がしたらとにかく回避、自衛。熱がある、咳が収まらない、それでも・・・という類も似たようなものだろうか。無理をすれば自他共にいいことはない。
考える・工夫する
そもそも「べからず」に至る前に手を打つのが早道というもの。離れる・空ける、抑える・控える、負荷・圧をかけない、無理・無茶をしない...これらはいずれも心がけのようなもので、根本的な原理に従えばあれこれ云う必要もなくなる。その根本は(自らで)考える、工夫する、実践するということではなかろうか。
言い換えるなら、「これは迷惑がかかる」「こうすればお互いより快適になる」「横着せずにやってみよう」といった具合。
安易に同調しないというのもまた肝要と考える。
あとは、
「冷静に落ち着いて、自分のできること為すべきことをいたしましょう」 「皆で助け合って労りあって努力してまいりましょう。冷静に落ち着いて過ごしてまいりましょう。」 「引き続き冷静さと寛容さで、皆さんで助け合って労りあってやってまいりましょう」
ということに尽きると思う。(山下達郎「Sunday Song Book」2020年3月~5月の放送回でのコメントから)
次回の「べからず集」は、第630話? さすがにネタが尽きてきた観はあるが、「これは!?」となれば憚らず掲載していく所存である。
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