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第637話 武蔵国一之宮と「いのかしらおでかけきっぷ」(2024.3.15)

 第634話で、6年3月4日は武蔵国一之宮へと書いた件を実行すべく、その日は一日休みをとって当の神社へ。一之宮と言っても武蔵国内には六つの一之宮相当?の神社があり、「一之宮小野神社を筆頭に、二之宮小河神社、三之宮氷川神社、四之宮秩父神社、五之宮金讃神社、六之宮杉山神社」といった編成がされているのだとか。ご由緒などをしっかり辿ると、一之宮の中の一にあたるのが小野神社とのことなので、今回は迷わずそちらへと相成った。(ちなみに小河神社はあきる野市、金讃神社は埼玉県神川町、杉山神社は横浜市緑区にある。氷川神社はおなじみの「大宮」。三之宮という認識はなかった。)

 小野神社の最寄駅は京王線の聖蹟桜ヶ丘。西に500~600mも歩けば着く。この程よい感じも決め手に。かくして3月4日は京王線の行ったり来たりが一つのテーマになった。

 昨年11/12に井の頭線の渋谷駅で買った「ハチ公生誕100年記念乗車券」(→参考PDFは乗車券3枚と台紙のセットで、乗車券の一つは「いのかしらおでかけきっぷ」という設定。他の乗車券はいいとして、おでかけきっぷは580円なので使わないともったいない。3/31が期限につき、これを組み合わせることに。我ながらいい思いつきだった。

硬券タイプの「いのかしらおでかけきっぷ」。通常版はフリー区間各駅の自動券売機で購入できる。
手始めに初台に行くことにしたため、入鋏スタンプは新宿ではなく「新線新宿」で。

 おでかけきっぷの有効範囲は、文字通り井の頭線の全区間(渋谷~吉祥寺)と京王線の新宿・新線新宿~明大前。それならばとまずは新線新宿~初台で利用し、朝食メニューに合わせてデニーズ(西新宿店)に向かった。ここで一定時間くつろいでから次は明大前へ。おでかけきっぷを提示して改札を出てから、ICカードで入り直す。乗ったのは11:57発の特急。数分遅れだったが、20分余りで聖蹟桜ヶ丘に着く。早いものである。小野神社に着いたのは12時半過ぎだった。

東京オペラシティを経由してデニーズへ。平日午前中は人通りも少なく、無人状態で撮ることができた。
定番のセレクトモーニングでもよかったが、リーズナブルな「ライトモーニング」に。クーポンでよりお安くいただいた。
甲州街道の北側を通る通称「水道道路」(泉南~角筈)。学生時代は自転車で新宿に行く際、この道をよく通った(ことを思い出し、しみじみ…)。右のビルは東京オペラシティタワー。
朱塗りが鮮やかな小野神社の拝殿。奥の建物は本殿。

 一之宮と言っても広さは様々。当社は決して広い訳ではないが、逆にこじんまりということもなく境内は程よい感じだった。「6.3.4」に合わせた参拝客が少なからずいる?との予想は外れ、平均すると(筆者を含めて)3~4分に1人・1組いらっしゃる程度。一人静かにお参りした後、御朱印をいただく。常時在席タイプの社務所ではなかったので、呼出ボタンを押し、しばらく待ってからの対応だった。

武蔵国一之宮=小野神社
手前から大鳥居、随神門。参道が少し斜めになっているので奥の拝殿が正面に来ないのが奥ゆかしいというか趣深いというか。

 筆捌きなど実に丁寧。印も鮮やかだった。こうして「武蔵國一之宮」と「令和六年三月四日」が収まったありがたい一面を拝受。この日の最たるテーマを果たし、駅に戻った。

当社の御祭神は複数あるが、主神は天下春命と瀬織津比咩大神。瀬織津比咩大神デザインの御朱印(→参考)もあり、大変美しいものだったが、今回はこちらで。御朱印をいただいた際、パンフレットも頂戴した。一之宮~六之宮の話はこちらに書かれてあり、理解が深まる。

 聖蹟桜ヶ丘に着いた約1時間後、今度は13:23発の特急で再び明大前へ。ここからはまた「いのかしらおでかけきっぷ」の出番になるが、どこをどう巡るかはあまり考えていなかったので、その後が気になる街に出ることにした。下北沢である。

明大前から急行に乗って下北沢へ。乗車時間は数分程度(13:54発→56着)。

 事前に調べていなかったので、特に小田急線のかつての地上区間がどうなったかなどは現地(参考→下北線路街に行ってみてという感じ。旧北口(現在の東口)から北東側(新宿方面)が筆者的には重点ポイントだったが、更地&立入規制の状態で拍子抜けだった。とっくに何かしら建つなり、歩道が整備されるなりしていると思ったら… その一方で目を見張ったのは井の頭線の高架下。かつては築堤のようなところを列車が行き来していたのが、いわゆる高架線を走るようになり、その下や側面に店舗・施設等がぎっしり! 「ミカン下北」と称する高架下施設(公称)ができた旨は京王のリリース等で知ってはいたが、こんなスタイルだったとは思いもよらず。高架直下にあたるのはA街区、B街区、そしてC街区の一部で、Aは物販&飲食、Bはカフェ&飲食がメインになっている。それら店舗は多様かつ多彩。シモキタらしいと言えばそうなのだが、あまりピンとは来なかった。インバウンド客向き?かも知れない。

井の頭線側の出入口(東口)。小田急線が地下化したことで、かつての線路上に間口ができたような形。
その線路跡地にあたる空間(新宿方面)はまだ通行不能。今のところは広大な空き地があるようなものなので、空も広く見える。
井の頭線の高架下施設「下北ミカン」。手前がA街区で、左に向かって途中からB街区になる。右の入口は2階に相当し、左奥に進むと高低差を活かした1階が現われるという構造がポイント。
「ミカン」各街区の分布はこんな具合。DとE、Cの半分は高架下施設ではなく、AとBの南側(一部)は高架脇で5階建て。有効活用の成果ではあるが、なかなか複雑。
A街区とB街区の間に来たところで改めてフロアマップをおさらい。高架脇の建物(5階建)や、道を挟んだ場所にある別の街区も含めて「ミカン」なので、全体像を把握していないと迷うことになる。

 駅前の大丸ピーコック、茶沢通りに面した「ザ・スズナリ」はそのままだったし、下北沢南口商店街の佇まいも相変わらず。馴染みや見覚えのあるあれこれが現存しているのを確認できたのは一つの成果と言える。ただ、これと言った用向きがなければ来ることがなさそうなのも事実。筆者にとっての今の下北沢はそういう街なのだった。

以前は「北口」を出ると見られたピーコックなどの並び。駅前が広くなったため、今はこうした構図で撮れる。
茶沢通りがカーブする辺りにある「ザ・スズナリ」など。当地では目立つ存在で、小田急線の車窓からもよく見えていた。今となってはそれも昔話。

 下北沢での滞在時間は30分余り。次は吉祥寺に向かうことにした。6.3.4の一環で武蔵野市に立ち寄るのもいいだろうという程度の話。遅い昼食をとるなどしつつ、アーケードの街路をひと廻りした。「住みたい街」だとかのランキングでいつも目にする吉祥寺ではあるが、歩行者に優しい整備がされているとは言い難いし、路上喫煙者が複数闊歩しているし、クルマの通行が稀な道を普通に歩いていたらバスが近づいてきてクラクションを鳴らされるしと散々。今も昔も個人的には住みたいとは到底言えない街である。

こうして駅を撮ってみると、一定の風格は感じられるが、駅周りはと云うと…

 新宿に戻ってきたのは16時半を回った頃。西口を何となく歩いていたら、小田急百貨店本館が見事になくなっていて大いに驚く。本館が建つ前の西口は駅の東側が見えていただろうから、それが今は再現されていることになる。新宿駅の上に広がる空・・・このままでもいいような気がしてしまうのはそれが開放的でスッキリしているからだろう。

これぞ新宿駅西口という一枚。ツタ?で覆われた換気塔も相変わらず。
小田急百貨店本館は取り壊しが進み、すっかり風通しがいい感じに。一方でその開けた空間をめざすようにスロープ状の構造物が施工中。
物々しい印象の構造物。人工地盤の一部なのか、本館跡地や駅上部の工事で出入りする車両用のスロープなのかは不明。
新宿駅前でこのように広々とした空を堪能できるのは今の間だけ。程よい大きさの京王百貨店(右)もいずれは見納めになる。

 そんな訳で、令和6年3月4日は、武蔵国一之宮をきっかけにした京王線行きつ戻りつデーとなった。おでかけきっぷの範囲での乗り降りは、きっぷ運賃なら860円かかる計算だったので元は十分とれたし、街の変化等を見たり撮ったりという点での意義もまた大きかった。「東急線トライアングルパス」や「下町日和きっぷ」など、区間が限られる形でのフリーきっぷは他社線にもある。どこかで試してみようと思う。


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