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第592話 夕暮れ物語(2022.5.1)

 第588話に書いた文京区の図書館での「CDローテーション」はおかげ様で至って順調。まとめて借りて返してはすでに10巡目を数えているため、2巡目の話となるとかなり前のことのように思うが、2/23なのでまだ2か月余り前である。その時に借りた一枚に伊藤つかさのベスト盤「ゴールデン☆ベスト」があり、3曲目の「夕暮れ物語」(2枚目のシングル)が入っていたことが一つのきっかけになり、4/11~12に名古屋の旅に出るに至る。

伊藤つかさ「ゴールデン☆ベスト」。「夕暮れ物語」のジャケットは、中段の最左。

 「夕暮れ 小道 坂道 帰りましょう♪」で始まるこの曲。その後のショートストーリーと合わせて曲にぴったりの場所というのがあって、当時中1だった筆者は下校時などにその坂道を眺めながら、「夕暮れ物語」の一節を頭の中で流したもので、CDを聴いていてそのことをふと思い出した次第。生徒会などで帰りが遅くなると正しく夕暮れ時だったこともあって、とりわけ印象深かったのだと思う。

 曲と重なるその舞台、今はどうなっているのだろう?となれば訪ねたくなるもの。JR東海ツアーズの「新幹線ダイレクトパック」を使い、自宅の工事関係も一段落するタイミングで1泊2日(4/11~12)、名古屋市内をメインとした旅に出た。

 1979年夏から1982年春まで、名古屋市は天白区の八事(やごと)エリア在住だった筆者。この駅周辺案内図に従えば八事駅から上半分(実際は東側一帯)が主な行動範囲で、小学校はC、中学校はBの最上部に位置する。ともに高台にあり、通学時は坂を上ったり下ったりで今思えばなかなかハードだった。今回はそんな坂道を中心に、4/11に撮った中からごく一部を紹介する。(同級生が目に留めて何らかのコンタクトがあれば一興だが… 同窓会もどうなっているのやらである。)

八事駅周辺案内図。北は左方向。

*先の地図を拡大したものに、対応する分について撮影地の記号(A~H)を振った。駅の外に出たのは15:50頃で、食事休憩で「イオン八事ショッピングセンター」に入ったのは17:30頃。その間100分ほど、懐かしの通学路などを散策したことになる。アップダウンのない地であればより長い時間歩けたと思うが、アラフィフ?の人物にはこのくらいが限界。次に来ることがあれば、レンタサイクル(電動アシスト系)を使おうと思う。


[A]中学の登校時、まず上ったのがこの坂。少年期に感じた勾配は年数が経てば緩やかに感じるものと思っていたが、全くそういうことはなく愕然とする。

[A]

[B]坂を上った先をしばらく行くと八事八幡山公園に出て、二手に分かれる道が現われる。中学校は塩竃神社の向かいにあるため、神社の矢印(→)が目印。

[B]

[C]高台ゆえの邸宅街。こんな高級感のある道を日々通っていたというのは今更ながら驚きである。歩いていて気分がよかったのももっともだと思う。

[C]

[D]学校脇の急坂。体育の授業でここを走った記憶がよみがえりゾッとする。奥に見える建物は名城大学の校舎。

[D]

 学校正門。坂を少し下ったところにあるため、下校時はいきなり上り坂ということになる。坂の下から通う生徒ももちろんいた。登校時は大変だったろうと思う。


 名古屋市立御幸山中学校。筆者は部活の代わりに生徒会活動があったので、下校時と同じような雰囲気を思い出しながら校舎を後にした。この景色、おそらく当時と変わっていない。(16時半頃撮影)


[E]「夕暮れ物語」に重なる坂道がこちら。そう言えばこんな感じだったなぁというのが確認できたのは何よりの成果。坂の先の方角が西側ということもあり、夕陽に照らされる場面が時にはあった(と記憶している)。この辺りから小学校までは直線距離では500mないが、実際に歩くとアップダウン込みでその1.5倍はあることが調べてみてわかった。(40年後の新発見?)

[E]

[F]小学校は中学校よりも遠く、しかも山を一つ越える感じだったところがまた… 選択肢は複数あったが、急坂を経由することは変わらず、この写真にある坂を通ることもしばしば。通学途中に見上げていたアパートはまだそこにあったが、奇しくも解体工事の最中だった。

[F]

[G]名古屋市立表山小学校。校門は坂の途中にあるが、校舎は高台にあるため、さらに階段を上がっていく必要が… 現役の頃は特に気にしていなかったのは、アトラクションの一環とでも思っていたからだろう。

[G]

[H]八事南交差点から見た八事交差点。駅前交差点も坂に囲まれているのが八事駅の特徴。

[H]

 八事南交差点に面するイオン八事ショッピングセンター。かつてはジャスコだった。歩いて行ける距離に大型の商業施設があることが嬉しく頼もしかったことを思い出す。


 ジャスコ時代にもあった「スガキヤ」で、ミニラーメンの「五目・ソフトセット」をいただく。かつてもこんな感じのセットメニューを喜んで食べていたような… こちらセットで510円(税込)。「なごやめし」と言えば(筆者的には)これである。


 トランクルーム作業も大詰めに入り、最近はネガフィルムの整理(ファイリング)などをコツコツと。その折り、昔日の小型アルバムが出てきて中を見ると吃驚! 往時の八事界隈の写真が収まっていたのである。高校入学前に名古屋をフラリと旅したことがあって、その時に撮ったものと思われるが判然としない。1984年春?ということにしておこう。

八事交差点。写真奥は山手坂(山手通り)。坂の途中に中京大学がある。
[H]の写真を拡大し、前掲(1984年?)にできるだけ合わせてみた。「中部日本自動車学校」の看板はなくとも、交差点角の建物はどうやら変わっておらず、第一生命もそのまま。中京大学は校舎がとにかく立派になっていて驚いた。偶然だが、市バスが同じ位置合いに写っていて、往時と現在の比較が何となく可能。
懐かしのジャスコ八事店

 久々に八事を訪れ、かつての通学路などを数十年ぶりに歩き、懐かしの学校と「夕暮れ物語」の坂道の今を見て撮って・・・感慨深く意義深い時間を過ごすことができたと思う。

 なお、八事に着くまでの行程等は以下に綴った通り。

 八事に行くのであれば、名城線でまだ乗っていない区間(新瑞橋~八事)を経由するのがよかろうということで、こうした順序になった。

名城線左回りに乗車中。新瑞橋を出ると未乗区間に入る。
「次は 八事」。名古屋市営地下鉄の完乗までもう少し。
そして八事に到着
名城線の八事駅ホーム。次は名城線をまるまる一周乗ってみようと思う。

 ついでに、愛知県内の鉄道路線(軌道を含む)の完乗もと考え、これまでご縁のなかった東海交通事業(城北線)、名古屋ガイドウェイバス(ガイドウェイバス志段味線)にも足を運んだ。

 4/12は、城北線の残り(小田井~勝川)をクリアした後、ガイドウェイバスの高架区間(「駅」がある専用軌道区間)を行き来し、終点の大曽根駅に着いたところでめでたく愛知県内の鉄道路線全線乗車を達成。東海4県では最初の県内完乗となった。(^^)

 観光要素もなくはなかったが、優先度は低め。行楽は筆者の場合、乗って降りてに尽きる。

4/11は枇杷島~小田井、4/12は小田井~勝川と2回に分けて城北線に乗車。本数が少ないため難度が高かったが、晴れて全区間をクリアできた。(写真は小田井14:05発の勝川行き)
高架区間の端、小幡緑地から大曽根行きに乗る。バス車両だが、専用軌道を走るのでとにかく速い。距離6.5km、所要時間13分だった。
名古屋ガイドウェイバス大曽根駅到着を以って、愛知県内の鉄軌道は全線完乗!

 「夕暮れ物語」がきっかけの今回の旅。旅をする上で、いつもと違う視点やヒントを得た点でも実に有意義だった。「今はどうなっている?」でシリーズ化ということもあるかも知れない。


[付記]1981年度のシングル曲

 「夕暮れ物語」をはじめ、中学一年生の頃、年度で言う1981年度は佳い楽曲が特に多かったと思う。歌唱の云々はさておき、1981年4月からの一年間で発売されたシングル曲(かつ「ザ・ベストテン」の上位に入った曲)から、発売日の順で今なお印象に残っている曲を挙げていくと、

  • 「ブギ浮ぎ I LOVE YOU」(田原俊彦/1981年4月1日)
  • 「まちぶせ」(石川ひとみ/1981年4月21日)
  • 「長い夜」(松山千春/1981年4月21日)
  • 「守ってあげたい」(松任谷由実/1981年6月21日)
  • 「キミに決定!」(田原俊彦/1981年7月1日)
  • 「白いパラソル」(松田聖子/1981年7月21日)
  • 「風立ちぬ」(松田聖子/1981年10月7日)
  • 「ウエディング・ベル」(シュガー/1981年11月21日)
  • 「心の色」(中村雅俊/1981年11月25日)
  • 「夕暮れ物語」(伊藤つかさ/1981年12月1日)
  • 「赤いスイートピー」(松田聖子/1982年1月21日)

 といった具合。

 登下校の時に思い出したり、口ずさんだりということもあったので、今回撮った写真を振り返りつつ、これらの曲を聴き返すのも時にはいいかなと思っている。

 それにしてももう40年前とは!である。

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