3月16日の夜、30分もすれば日付が変わるという頃合いだった。嫌な横揺れが続き、初期微動にしては長い?とか思っていたら、ふとバックで流れていた曲が止まり、照明が消え、PCも強制終了・・・停電!である。
そして、暗くなってからの本震。かつてない展開で大いに動揺している中、その揺れがなかなか収まらないものだからたまらない。室内でそのまま待っているのも何なので、何とか玄関を開け、その場で姿勢を低く保つ。外を見れば当然のように周囲は暗いが、川向こう(川口方面)は明るかった。その不自然さがまた揺れを助長するかのようで、とにかく落ち着かなかった。何分そうしていたかは不明だが、長く感じたのは確か。地震が起こった時刻が23:36だったというのはあとで知った。
昨年10月20日に一時的かつ局地的な停電を経験したが、その時は夕方だったので大きな支障はなかった。真夜中、広域、復旧見込み不明という状況下での停電は、物心ついてからは覚えがない。対応も対処もあったものではなく、ただ復旧を待つばかりとなった。
時間も時間なので就寝モードに入ってもよかったのだが、何かしらの情報が得られればと考え、駅に行ってみることを思いつく。エレベーターは動いていないので、外階段をゆっくり下る。途中で余震が来たらと思うと気が気ではなかったが、室内で右往左往するよりはいい。周りは相変わらず暗かったが、無事地上に着いた時は妙な安心感があった。
深夜と言えど通常であれば、街灯、信号機、自販機は稼働していて一定の明るさはある。窓からの灯りも少なからずあるし、24時間営業の店に行けば普通に明るいのが日常。が、この時はそれが基本的にないものだから、とにかく暗かった。
共用廊下や非常階段の照明が点いているマンションがチラホラあったので、完全に真っ暗という訳ではなかったが、こんな「夜景」はまず見ることはない。非日常を体感しつつ、安全面に留意しつつ、駅へ。案の定、駅はいつも通りの明るさを保っていて、気分的に救われる。
日付はとっくに変わっていたが、終電は上り下りとも大いに遅れていたようで、それらがちょうど着いたくらいの時間。すでに終電が終了していたら駅も暗かっただろう。とにかくこの時点では、エスカレーターも自動改札も動いていて、駅外の自動販売機も稼働していた。時間にもよると思うが、エリア広めの停電時は駅に行けば何とかなると思った。
駅同様、停電の影響を受けてなさそうだったものの一つに交番がある。環八通りの街灯も一部は点いていた。信号機は片側一車線程度にあるものは大方消えていて、環八通りでは機能している信号とそうでない信号とがあった。消えている信号交差点のうち、駅に近いところでは警官が待機し、歩行者がいる時はクルマを停車させるなどしていた。今後の備えという点も含め、そんな停電時ならではの光景をいろいろと見たり撮ったりできたのは一つの成果。心得として大きかったのは、暗い道を歩く時はクルマの通行に一層の注意を払う必要があるということだろうか。
ある程度着込んでいたので平気ではあったが、さすがに冷えてきたので戻ることにした。駐輪場に来たついでに自転車に取り付けてあるLEDライトを外し、懐中電灯代わりにする。宅内にある電灯がいま一つパッとしなかったので、この着脱可能なライトがあってよかったと思った次第。これを持って、まだ暗い階段を上り、再び暗い室内に入る。寝るまではLEDライトが頼り。が、特にすることもないので今度こそ就寝・・・と、午前2時になろうという頃、ONにしたままだった部屋の灯りが点く。この時の安堵感は格別だった。
電気が止まると水道も止まる。なので、水が出る、流せるというのは電気が戻ったのと同じかそれ以上にありがたく感じた。手を洗い、うがいをし、余震が来ないことを祈りつつ就寝。17日は、防災グッズの点検を行い、トランクルームの巡回に出かけることになる。
幸い、トランクルームは2か所とも異常なし。あまりに何事もなかったような態だったので驚いた。とりあえず震度4クラスなら大丈夫ということが今回わかったのは大きい。
トランクルームを見て回るだけでは何なので、自宅に備えておくとよさそうな品を持ち帰ることにした。次の停電への備えは一応整った。
大規模停電の翌週は、「電力需給ひっ迫警報」が待っていた。
その3月22日、東京は最低気温1.2℃、最高気温9.9℃、18時までの天気概況「雨一時みぞれ」という、3月下旬としては信じ難い気温、天気。先の地震で電力供給がダウンしたところに暖房需要が高まれば逼迫状態になるのはもっともではある。不思議なのは、SDGs云々と然るべき取り組みをあちこちで進めている割には、こういう事態になると「その場のエネルギーをどうするか > SDGs」になってしまう点だろうか。本当に電気を必要とする施設、設備等はさておき、そうでないところでは「電気がなくても何とかなる・する」または「持続可能な電力とは?」を考える機会とすればいいのではないかと...
夜も寒かった訳だが、筆者は暖房器具を使わないようにして、布団をコタツ代わりにする体勢をとって過ごした。どの程度の節電になったのかは不明だが、持続可能性という点ではこれに勝るものはないだろうと思う。
結果的に停電にならずに済んだのはよかった。3月17日深夜のあの暗さ、心許なさを思えば尚更である。
そして3月最終週・・・マンションの大がかりな工事の都合で平日の日中時間帯、水が出せない、流せない状態に。電気は通じているが、水は... 計画的な「停水」といったところである。
時間が限られているとはいえ、不便なことには違いない。今回の第590話は、電気、水が使える時間帯に書いた一本。合間を縫って筆を進める感じだったため、おかしな箇所があるかも知れない。(そこはひとつご愛嬌ということで。)(^^;
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